合わない人から学ぶ

自分と同じ思考を持つ、合う人ばかりと話していると思考が偏るため、一瞬だけ合わない人と話すのは良い刺激になる

必ずしも参考にする必要性は無いが、何を言ってるか理解はした方が良い

自分の批判基準も見えてくる

当然ながら、合わない人々の中にも強者は存在している

むしろ、強者は異端であることが多く、人格が破綻している場合が多い

口が悪いのは負けず嫌いの証拠である

劣等感が無いとそれを補うために動く狂気が持てない

せっかくネットがあるので、SNSのサブや専用垢を作成及び利用して情報収集をするべき

 

今は昔、耐性の無い人間が急に集団的に批判されると絶望するのは間違いない

微量の殺意を満ちた言葉も積もれば錯覚と幻覚を見せ、自死を選ばせるのには十分である

創造性や幸福感を欠かせ、苦しませていく、氷山の一角を見ただけで全体像を想像してしまう

初見の段階で当人が対応出来るかは文字通り運次第である

法で裁かれないとはいえ自らの発言に責任が持てるか、どういう影響があるのか常々考えるのだ

言葉という凶器を安全圏から投擲しているのだ

筆者は上記の前提を弁えぬ者とこれからも関わるつもりは無い

 

関与と干渉に責任を持ちたくないから、僕は目の前の人を助けられない

然るべき対応をして然るべき対応で返されないと少し悲しい

老いたる方と話をするのは知識の吸収等において有益である